埼玉県・大病を患う兄がすっかり元気に。うまくいかなかった義母とも最後は心通わせた(実例146)

◎赤城圭子さん(仮名)◎元小学校教師

▶大病つづきで危険な状態にあった兄がすっかり元気に
笹本先生のことを知ったのは七年ほど前。たまたま埼玉県内の書店で手に取った霊能者のガイドブックのような本で、自然に目がいったのが先生のページでした。ただ、そのときは差し迫った問題があったというわけではありませんでした。
本格的に先生にお世話になりだしたのは、四年ほど前のことでした。
その日、私は実家の兄嫁から久しぶりに電話をもらいました。
兄嫁は思い余った様子で話しはじめました。兄が大病つづきですっかり衰弱してしまい、兄嫁もそんな兄の介護で手一杯という状況で、やむをえず、同居している母を預かってくれる施設を探しているというのです。兄は、それは母を大切にする人で、自分の命よりも母のことを心配して、施設に預けることにはずっと抵抗を示してきました。その兄が自ら、これ以上、自宅で母の世話をつづけることは無理だと判断したのでした。兄は、それほど弱りきってしまったのです。
兄が十年ほど前から心臓を患い、ほかにも複数の持病を抱えて苦しんできたということを、私はそのときはじめて知りました。離れて暮らしている私に余計な心配をかけたくない、という配慮だったのでしょう。
実家を訪ね、兄の変わりようを目の当たりにしたときは、本当にショックでした。
顔色は蒼白で、うつろな表情にはまったく生気が感じられません。危ない状態にあることを医師から告げられたものの、カテーテルによる手術は危険を伴うため、すっかり弱気になっていた兄は、手術に踏み切る気力すら失せていたのです。
帰路、兄のことを思い出しては、目から涙がボロボロとこぼれ落ちました。
なんとか兄を救いたい一心で、友人の知りあいを通じてある霊能者に兄のことを尋ねてもらったところ、返ってきたのは、本人の魂が生きようとする気持ちを捨てているので望みはほとんどない、という答えでした。
ダメと言われれば、希望を見出せる答えをほかに求めたくなるのが人情でしょう。そのとき、私の心にふと浮かんだのが笹本先生のことでした。私は藁をもつかむような気持ちで正神崇敬会に先生をお訪ねしたのです。
「大丈夫です」
霊査を終えた先生は私のほうをふり返ると、そうおっしゃいました。その瞬間、私は闇のなかにひと筋の光を見出したような心地がしました。
はじめてご相談にうかがい、お祓い浄霊をしていただいてから一週間後のこと。ふたたび実家の兄を見舞ったところ、顔色に変化が見られました。血色がよくなっていたのです。私は心のなかで「大丈夫だ」と思いました。
その後、月に一度のペースで先生をお訪ねしてはお祓いをしていただき、月の半ばには遠隔祓いをお願いしました。すると、兄の顔色は劇的に良くなり、心臓の発作も治まってきたのです。
しかし、それからしばらくすると咽頭ガンの可能性があると医師から告げられてみたり、むずかしい肺炎を発症して四、五ヶ月も苦しむなど、一つ良くなっては別の病気が出るといった状態がつづきました。そのたびにお祓いをしていただき、神様のお力で治していただいてまいりました。
肺炎を治していただいたときのことは、とくに印象深く心に残っています。二月三日の節分祭の折にお祓いをお願いしたところ、その日、兄は突然起き上がると自分でさっさと布団をたたんでしまったというのです。それまで何ヶ月も寝ていたのですから、兄嫁からその話を聞かされたときは、本当に驚きました。
こうして神様から次から次へと大きな病気を治していただいた兄ですが、今は大病とはほぼ縁を切らせていただけたと思えるほど、毎日を元気に過ごさせていただいております。
実家の母も、兄がインターネットで見つけたある施設に入所したところ、そちらがとても肌にあったようで、かえって前よりもどんどん元気になり、九十一歳になる今も毎日を生き生きと過ごさせていただいております。兄は母のことでも、本当に安心して日々を過ごせるようになったようです。大病つづきの兄のことで心を砕いてきた兄嫁も元気を取り戻し、おかげさまで、あらゆることがいい方向に、いい方向にと流れていくことを日々、実感させていただいております。

▶お互いの心が通いあうようになってからあの世に旅立った義母
正神崇敬会にご縁をいただいて以来、私自身、いくつものありがたい変化をいただいてまいりました。とくに亡くなった義母とのことは、それは感慨深く心に残っています。
義母は生前、寝たきりになり、長いあいだ病院に入院していました。ところが、私がお見舞いに行くと罵声を浴びせるなどして、寝たきりの悔しさをぶつけてくるのです。世間にありがちな話ですが、私も、そんな姑に対してあまりいい感情を抱いていませんでした。
そんなある日のこと、どうして義母は寝たきりのまま、こんなに長生きしているんだろう、ふとそんな疑問が浮かび、「もしかしたら私を待ってくれているのではないか」という気がしたのです。私たちの関係がギクシャクしたまま義母が亡くなってしまったら、きっと私の心に後悔が残るはずです。
以前、笹本先生から「よくない人間関係があったら、その人の幸せを願うことです。そうすれば相手も自分もよくなります」と教えていただいたことがありました。
自分が変われば相手も変わる―そう気づかせていただいてから、私は病院に着くと瞑想をして、体中に愛が満ちるのを感じてから義母の病室に入るようにしました。すると、それから少しずつ義母と心が通いあうように変わっていったのです。
義母は人から触れられることを好まず、私の息子や娘が手を差し出しても、パンと振りほどくほどだったのですが、私が一人でお見舞いに行き、義母の手を握ると、ギュッと握り返してくれるようになりました。
義母が亡くなる前、いちばん最後に顔を合わせたのは私でした。仕事の帰りに一人、病室に立ち寄ると、義母は私の目を見ながら「怖いよ、怖いよ」と訴えるのです。「もうすぐ大好きな人たちが待っているところに行けるから、怖くないよ、大丈夫よ」、私も義母にそんな言葉をかけながら、ずっと二人で手を取り合って顔を見合わせていました。それから数時間とたたずに、義母はあの世へ旅立っていったのでした。
その後、主人や主人の兄弟が言うには、ここ何日も義母は目の焦点が合わず、言葉らしい言葉を発することはなかったというのです。
そんな義母が亡くなる間際に、一番遠かったはずの私としっかり目を合わせてくれ、言葉をかけてくれたのです。なんとありがたいことでしょう。
こうして私はまた一つ、神様から奇跡をいただいたのです。
正神崇敬会の神々様とご縁をいただいてから、おかげさまであらゆるものごとの歯車が合うように変わってまいりました。
笹本先生は常に物事を肯定的にとらえ、神様がついていてくださるから思う存分やってごらんなさいと勇気づけてくださいます。そんな先生のもとに通わせていただいているうちに、私自身、気持ちがどんどん大らかになっていくように感じるこのごろです。
正神崇敬会にうかがうたびに、神様が包み込んでくださっているような温かさを感じ、幸せな気持ちをいただいて帰ってくる私です。
神通霊能者 笹本宗道著 「宇宙神道―神々の救済」 より引用

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